審美歯科

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世界史の中の北海道 その1

今回は日本史を飛び出して、世界史の観点から北海道を見てみよう、という記事を掲載。

欧州のガラス玉と樺太アイヌの首飾りにあったガラス玉との関係は?

北海道が本当は、世界史の中でも重要な場所であったことが判明してきました。

 

 

 

 

 

実は私、大の歴史好きでして、昔からその手の本を読んでまいりました。とはいっても歴史好きに共通する傾向として、戦国時代、幕末、に興味が集中していたのが本当のところ。これではいけない、と、以前掲載した生物の勉強と同じく、日本史を、縄文時代から現代まで一通りちゃんと勉強しよう!、と一大決心をし、3年計画のもと、開始いたしました。
実際に始めてみると、知っているつもりだった歴史が、全く違う形で見えてきて、驚きの連続となり、初めて触れるかのような感覚でした。

でも、もっと驚きだったのが、北海道のこと。皆さん、北海道の歴史って、どのくらいご存知ですか?  北海道の史跡といえば、函館の五稜郭をはじめとする幕末関係のもの、札幌などにもある開拓期のもの、が思い浮かぶと思います。

残念ながら私の故郷であるオホーツク地方には歴史的なものは皆無、と思っていました。網走に「モヨロ人」の残した「モヨロ貝塚」があるくらいで。

実際、北海道の地形が測量されたのは江戸時代であり、北海道と千島諸島は世界最後の地図の空白地、とされていました。この地方の地理の把握のため、ロシアと江戸幕府、イギリスなどが先を争いました。
間宮林蔵、という名前をご存知の方も多いと思います。間宮海峡を発見した人物。でも、彼の調査行には、江戸幕府ひいては日本の北方の防衛、という重大な使命が課せられていたのでした。

話は江戸時代にさかのぼりますが、江戸幕府のもと蝦夷地を統治していたのは松前藩であったのは皆さんご存知と思います。でも、当時の蝦夷地は未開の地で、農業に適していませんでした。 そのため幕府は松前藩に、アイヌ民族との交易の許可を出し、松前藩はアイヌ民族との交易によって藩財政をまかなっていました。

でも、アイヌとの交易って、そんなに「儲かる」のでしょうか?

「蝦夷錦」と呼ばれる着物をご覧になった方も多いと思います。とても色鮮やかな衣装。でも、これは「蝦夷地」で作られたものなのでしょうか?この蝦夷錦は、清王朝からもたらされたもの。では、どこから?
当時、樺太アイヌは沿海州のアムール川中流まで出向き、「山丹貿易」といわれる交易を清王朝と行っていました。この「山丹貿易」によってもたらされた中国の衣装が「蝦夷錦」です。
他にもこの山丹貿易では装飾品も取引されていましたが、これらはアイヌ民族にとっては価値の無いものでした。でも、松前藩にとっては中国の貴重品。これを手に入れるために松前藩は、不利な条件にもかかわらずアイヌに中国との貿易をおこなわせました。そのためにアイヌ人は多くの負債を抱えてしまいました。

しかし、幕末にいたり、情勢に変化が現れます。ロシアが本格的に極東地域に迫ってきたのです。また、折から外国船の侵入する機会の増えた幕府は「国防」の重要性を認識し、間宮林蔵に北方の領土画定のために、当時この地域での国際的な謎であった、「樺太は島なのか、大陸と地続きなのか」という問題を解決するため、遠く樺太に派遣されました。
また、幕府は北方の国防上、アイヌ民族を日本に取り込む必要性を感じ、樺太アイヌの松前藩によって背負わされた負債をすべて幕府が直接肩代わりするなど、蝦夷地の領土化を急速に進めました。

すいません。好きな分野でして、長引いてます。