審美歯科

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世界史の中の北海道 その2

ここからは少し視点を変えて、北海道の世界史での位置を述べたいと思います。

それは、北海道の動植物などが、世界での交易に貴重な供給源となっていたためです。

まず挙げられのは、「毛皮」。毛皮が貴重品であるのは古来から、洋の東西を問わずに認識されてきました。
北海道では貴重な毛皮となるクロテンやアザラシなどが豊富に生息していました。クロテンの毛皮は中国では大変貴重とされ、一時的に樺太を統治した清王朝も、樺太アイヌの租税について、お金ではなくクロテンの毛皮を納めさせました。また、ヨーロッパでも毛皮は貴重品で、クロテンの毛皮を売って財を成したロシアは、そのクロテンを追ううちに極東地域に至ったのでした。 また、アザラシの毛皮。これも大変珍重され、北海道産のアザラシの毛皮を源頼朝が愛用していた記述も歴史書に見られます。 さらには、ラッコの毛皮。道東から北方領土にかけてはラッコやアザラシの世界的な漁場だったそうです。ラッコの毛皮は現在でも大変貴重で、数年前にはニューヨークにて3000万円で取引されたとか。ちなみにエスキモーは年間数匹のアザラシを捕獲すれば、一年生活できるそうです。
つまり、北海道は、世界的に貴重な毛皮の一大産地であったのです。

他にもあります。小樽をはじめ、北海道の日本海側に「ニシン御殿」と呼ばれる建物が多くあります。江戸時代、このあたりではニシンが豊富に存在し、「群来」とよばれるニシンの集団も見られたとのこと。このニシンが、肥料に加工され、「魚肥」となって本州に送られていきました。大変栄養価の高い魚肥は江戸時代後半から日本の生産力を高め、米以外の商品作物の栽培にも寄与しました。米以外の商品作物が増えたことは、米の取れ高に基盤を置いた幕府の存在哲学に矛盾を生じさせ、経済の多様化はやがて討幕にもつながります。
話がそれましたが、このニシン漁が莫大な利益をもたらしました。小樽に「旧青山別邸」という歴史的建築物があります。ニシン漁で財を成した商人が建築したものですが、その作りは贅を極め、調度品に至るまで上級なものをそろえたそうです。その総工費は30万円。当時、同時期に東京の日本橋に建設された高島屋百貨店の総工費が50万円だったとのこと。今でいうデパートならいざ知らず、個人の住宅建設にこれだけの費用がかけられたことからも、ニシン漁の利益が巨額であったことがわかると思います。

まだあります。日高昆布は今でもトップブランドですが、それは昔も同じ。北海道産の昆布は琉球を介して、食文化の旺盛な中国でも珍重されたとのこと。江戸時代に、幕府が海外との交易に利用した「俵物」というものがありますが、その重要なものの一つがこの「蝦夷地産の昆布」でした。

日本列島は太平洋に面しています。そして、北海道から東北地方にかけて親潮が海流しています。この親潮ですが、とても栄養価が豊富で、この海流にて魚が大きく育つからまるで親のようだ、という事から名づけられました。そのくらい豊かな海。特に釧路沖などにとても良い漁場があったとのこと。 つまり、北海道は東アジアでも有数な漁場であったことがわかります。日本においてお魚料理の文化が発達したのは、この世界的にも良い漁場があったためかもしれませんね。
他にも天然記念物の鳥の羽など、豊富な物資が北海道で産出されました。

函館時代、あるシンポジウムに出ました。その時、ある教授の方が、戦前に行われた樺太アイヌの調査の事をお話しされていました。それによると、現地のアイヌが身に着けていた首飾りのガラス玉の中に、チェコ製のものやベネチア製も含まれていたそうです。

北海道で獲れたものはユーラシアの彼方までいたり、ヨーロッパの高級品と交換されていたのです。

北海道は、世界的な交易の中に、しっかりと存在していました。