審美歯科

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歯科・小児歯科
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☆函館関連★ ペルリ提督、函館に上陸す! その5 ペリーの見た函館

滞在中、ペリー提督は箱館市街を見物しますが、その時の様子も後年、「遠征記」にて報告されています。
「商業都市に普通な慌しい活動の様子がない。乗用車も荷車も道を通らず、商品を買うようすすめる商人の喧(やかま)しい叫声もなく、行商人が品物を叫んで売り歩くこともなく、一般の平和と静けさを破る騒々しい群集もいない。殆んどどこもかしこも静けさが街を支配し、ただ時々少年馬方が強情な運搬獣、即ち手に合わない馬や鈍重な牛に向ってわめき立てている叫声及び大官の侍者が主人の来る前に人民を平伏させようとする叫び声、又は多分附近の或る鍛冶場で働いている労働者の鉄槌の響などで破られるだけである。それでも尚荷をつけた馬が時々ゆっくりと街上を駆られて歩き、数百の舟が港内に投錨し、無数の小舟が同湾を勢速く滑って行き、二本の刀を佩(は)いた多くの立派な日本紳士及び役人が尊大に歩き廻ったり、立派な馬具をつけた馬に乗っているのを見る時、外国人は箱館が繁栄している町だという印象をうける。」
婦女子が山へ避難していたのでいつもの箱館の様子とは異なっていたと思われますが、港町として活気に満ちていたようです。

実際、この当時、すでに箱館は北の交易拠点として繁栄していました。

さらに続きます。

4月22日に山背泊台場を見学した際の事、彼らは日本の大砲を見て失笑しています。以下は日本側が残した記述「箱館異人談」から。

「(アメリカ一行は)大砲を見てはなはだ嘲弄し、両手を少しく開いて日本ポンといいて笑い、また両手を大いにひろげてアメリカドヲンといいて、鼻をつまみ面(つら)をしかめて驚畏の身ぶりし、又わが大砲一たび放さば箱館忽ち徴塵になるべき手真似をし、この大砲を指して小鳥をおとすによかるべきなどと手業(てわざ)して侮弄(ろう)-(中略)-さまざま手真似、身振り等して日本をさすは取る事易しという様子なり。」

やはり当時、アメリカとの軍事力の差は、かなり大きかったようですね。

 

一方、沖の口役所付近ではアメリカ兵相手の特設市場のようなものが作られたらしく、下田に比べて貨幣率がよい、として1600両分を購入するなどしています。ちょっとした活気があったようですね。

また芳しくないペリーと松前勘解由との交渉をよそに、アメリカ士官たちと現地住人との交流は活発で、日本から食料や薪水を提供し、アメリカからそのお礼があったり、アメリカ士官を案内して寺を開放したり、(渡島)当別村まで案内して村内を連れてまわり、名主の家で食事するなど、かなり気ままに行動していたようです。

そして、艦隊の滞在中、アメリカ水兵2名が病死した際、松前藩側はアメリカからの要請に協力。横浜の例を元に墓石と埋葬場所を提供します。そして現在の函館・外人墓地にて埋葬されました。

折衝においては松前勘解由の煮え切らない姿勢に苛立っていたペリーも、この時の松前藩や住人の対応には感激し、深く感謝しました。

首脳同士の会談は不調ではあったものの、それ以外においての交流は友好的で、最終的にはペリーは松前藩士と箱館住人に対し好感を抱いたようです。

また4月28日、松前勘解由らは写真を撮影してもらい、感心したとのこと。