審美歯科

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さらば!最後のブルーサンダー(2015年9月30日)

そして次は中嶋捕手です。

自分の中では「ブルーサンダー」のイメージの強い中嶋捕手ですが、日本ハムでの在籍期間も長くなっていましたね。

近い将来、指導者として戻ってくるのを待っています!

 

 

 

 

 

 

今年は連日、「大物」選手の引退報道が続きますね。

小笠原選手、西口投手、木佐貫投手、和田選手、斉藤隆投手、山本昌投手・・・・・・

正直、もっといる。今、片手間に思い出そうとしても全部の名前が浮かばないくらい。こうして書いている最中にも谷繁選手の名前も浮かんでくる始末。

そして昨日、日本ハムの中嶋捕手が引退を表明。

日本ハムファンでありながら申し訳ないけども、自分は中嶋選手を日本ハムの選手と思えませんでした。別に嫌いというわけではなく。

中嶋選手の名前を見ると、どうしてもあの伝説のブルーサンダー打線を思い出してしまう。
ブルーサンダー打線を知っている人は院長と同世代かそれ以上、と思われます。

今年、ソフトバンクの強力打線が話題を集めていますが、非常に申し訳ないが、「ブルーサンダー」の脅威の前にはかすんでしまう。ホークスファンの人でも長年、パリーグを見続けてきた人ならば、その意図を汲んでくれると思います。

ブルーサンダー打線とは、かつてオリックスが実現した、パリーグに鮮烈な印象を残した伝説的な打線。
バース、掛布などが印象的な1985年の阪神打線が「ホームラン」で強烈な印象を残したのに対し、ブルーサンダー打線はホームランバッターはもちろんの事、松永、福良といった好打者もそろえた、隙のない打線を実現しました。

ブルーサンダーは1985年阪神打線を凌駕していた、と言っても一定の理解が得られるはず。なんせ強打者、好打者がそろっていた。

一番の松永は、当時のパリーグを代表するリードオフマン。高いアベレージを残し、足も速く、それでいてホームランも期待できる。脅威のユーティリティープレイヤーでした。院長個人としては、この松永と、ダイエーの山本和範の名前には今でも嫌なイメージを持っています(それだけ相手にとって嫌な相手と思われた好打者)。

2番の福良も打率3割を超える好打者。しかも足も速い。この松永、福良の1,2番コンビは非常に「いやらしく」、その後に続々と控える強打者の存在もあって、相手にとって大きな脅威でした。ここでランナーを出したら、後で大変なことになる。

そして3番、ブーマー・ウェルズ。
「史上最強外国人選手は誰だ?」という、プロ野球ファンにとっての永遠の話題が議論されるとき、必ず名前の挙がる選手。院長はバースよりも上、と思っています。打率330、ホームラン40本、打点100以上と、もう数字だけでも圧倒する成績。その上、見た目の体格も、いかにもメジャー選手!ユニフォームから筋肉がはじけてきそう。メジャーを連想させるその風貌は、相手投手への威圧十分。

4番はパリーグを代表するスラッガー、門田博光。
もう、名前だけでも十分、存在感があるのに、40歳を超えてもなお40本塁打してしまう、アンチエイジングの先駆け的存在。今年、引退する選手が多いけど、かつて不惑に至ってもなお、ホームランバッターであり続けた選手がいたことをわすれてはいけません。

5番は、石嶺和彦。30本塁打以上を狙える強打者。実績実力十分の門田に4番を譲ったものの、門田加入前は4番を任されていました。

6番(5番)、藤井康雄。藤井選手の存在が、ブルーサンダーを物語っていた、と言っても過言ではありません。
1チームに2人、30本塁打バッターがいるだけでもすごいことなのに、ブーマー、石嶺に続いて藤井選手が30本塁打を達成!なんと人チームに30本塁打バッターが3人も!この状況で、門田まで加入!!「門田、オリックス入団!」のニュースに、他のパリーグ球団のファンは驚愕しました。1チームに4人も30本塁打バッターがいるなんて、前代未聞の出来事です。1985年の阪神は「神様のおくりもの」とされ、実際、翌年以降は脅威を減じましたが、オリックスが実現したカルテットは、連年の実績を伴っていました。
ちなみに藤井選手もキャリアの終盤に至ってもなお成績を上げ、30本塁打を達成して、スラッガーである自分を実力で周囲に再認識させました。

このほか、小川、熊野と言った曲者が続く、全く隙のない打線。

それじゃあ、せめて、8,9番を打つのが定石の捕手くらいは息が抜けるだろう、と思ったら大間違い。

その時に現れた捕手が中嶋選手でした。なんと打率280、本塁打12本、という、他球団では上位を任されてもおかしくない成績。油断できない打者の一人。

この中嶋選手の登場により、ブルーサンダー打線は、一番から九番まで全く隙のない打線として完成した、と言っても過言ではありません。
他のパリーグのチームは、この強力打線を相手にしなければなりませんでした。

西武が秋山、清原、デストラーデという長距離砲を擁していながらもなお、「パリーグ最高打線」とされなかったのは、そのさらに上を行くブルーサンダー打線のインパクトが強すぎたため。ブルーサンダーの名前の前には「AKD砲」ですら格下に思われざるを得ない。

後に小久保、松中、井口、城島という錚々たる選手たちでパリーグに君臨したダイエー打線でさえ、ブルーサンダーのインパクトの前には「2番煎じ」の印象を持たざるを得ませんでした。(ホークスファンの皆さん、ごめんなさい)
日本ハムの選手の名前として中嶋選手を見るとき、自分が思い出すのは日本ハムの選手としてではなく、あの伝説の「ブルーサンダー」の一人としての姿。
後に西武でもプレーした中嶋選手ですが、その時も「あのブルーサンダーの選手がやってきた!」という感覚が抜け切れませんでした。

あの球史に残るブルーサンダーの系譜も、ついに記録の存在となってしまうのか、と思うと、なんとも複雑な気持ち。

 

 

また捕手としての中嶋選手は、あの名投手・山田久志をはじめ、星野伸之、山沖之彦、佐藤義則、長谷川滋利、野田浩司、平井正史、西口文也、石井貴、豊田清、潮崎哲也、新谷博、松坂大輔、帆足和幸、ダルビッシュ、(以降、日本ハムの投手は多すぎて割愛)、といったその時々のパリーグを代表する投手たちとバッテリーを組んできました。

これ、調べていても歴代の選手名鑑を見ているみたいで感心してしまいましたよ。

先日、西口投手の引退にて、自分個人の中での「西武の黄金時代」が終焉した、と書きましたが、そのライバルであったブルーサンダーの選手もいなくなってしまう、とのこと。これにて自分が幼少~高校まで熱狂したプロ野球は終わったんだ、と実感。

あのころは清原、秋山、ブーマー、野茂などといった選手たちを見て、すごいなあ、と驚いてばかりでした。

球場に見に行く、2軍を確認する、なんてことができなかったかつての北海道では、テレビで選手を初めて知ることが多く。「テレビの向こうの世界」自体、野球選手とか芸能人とか関係なく、田舎では非常に遠い存在でしたし。今よりも心理的な距離感は非常に遠く感じていました。
なのでテレビに映る選手たちの成長過程など知ることもできず、いきなりテレビに現れるので、みんなプロに入った直後から「スゴイ成績」を上げ るもんだ、と思っていました。

やっぱり北海道でプロ野球を見ることができるようになって、選手が一軍に上がる過程を見ることができるようになって、プロ野球の見方が変わったようです。

一気に身近に感じるようになった分、かつてのように選手たちを遠い「スター」と思うことも少なくなりました。まあ、年もとって心境が変わったというのも事実ですが(苦笑)。
西口の引退と、ブルーサンダーの終焉は、自分にとって、憧れだったプロ野球観戦時代の終焉。つくづくプロ野球を見続けてきた人生だなあ、と自分に少しあきれてもしまいます。

 

「ブルーサンダー打線」は、パリーグを見続けてきたものにとって、所属チームを超越した名誉ある称号。

さらば、驚異のブルーサンダー!!そして中嶋選手、お疲れ様でした。