審美歯科

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本棚通信 入れ歯の歴史

今回は入れ歯にまつわるお話し。

今まで人類が、如何に歯の痛みと治療に悩まされてきたか、わかりますよ。

 

 

 

1、入れ歯の文化史  最古の「人工臓器」    笠原 浩  著    文藝春秋社

どちらかというとネガティブな意味が頭に浮かぶ「入れ歯」。しかし、この入れ歯こそ、人類が最初に使用した「人工臓器」なのでした。今ではペースメーカーなどの人工臓器が発展していますが、その始まりは入れ歯である、と断言しても決して過言ではありません(と思います)。
この本では、入れ歯がいかに長い間使用され、発展してきたのか、書かれています。

また入れ歯にとどまりません。麻酔の歴史など、広く医学的な分野も触れられています。

みなさん、なんで歯学部と医学部とがわかれているのか、考えたことってありますか?
この本によると、19世紀のアメリカにて、口腔治療は、最初は商業ベースで発展したため、医学に比べて重要視されていませんでした。ストレートに言えば軽蔑されていました。しかし、そんな商業ベースで行われていた口腔治療の従事者の中にも良心的な職業人が現れ、より確実な治療のためには全身医学について学ぶ必要が叫ばれ、1830年にメリーランド大学に対して歯科講座の設置が嘆願されました。しかし前記のように、当時は歯学は低く見られていたため、拒否されてしまいました。これを後世の歯学関係者は「歴史的ヒジ鉄」と言っているそうです。この時に認められていたら、耳鼻科や眼科などのように医学の一分野になっていたのではないか、と言われています。
しかしその後、歯学研究は飛躍的に発展し、医療の重要な一分野となりました。
現在の歯科医学の確立は、先人による偏見との戦いでもありました。

その他、海外の入れ歯事情などにも触れられていて、とても面白い一冊です。

2、江戸の入れ歯師たち -木床義歯の物語ー   長谷川 正康 著  一世出版

さてこの「入れ歯」ですが、西洋の入れ歯は主に「公式の場で体裁を繕うもの」で、必ずしも実用的なものではありませんでした。社交界などで「かっこつける」ための装飾品の部類。
西洋の入れ歯は上の入れ歯が落ちないように、そして下の入れ歯がずれないようにするため。上下の入れ歯を一番後ろの所で両側を曲がった鉄板で止めていました。「バネ」の力で上下の圧接しよう、というもの。これでは食事は無理ですし、口を閉じていないとなりません。
アメリカのドル札に、初代アメリカ大統領であるワシントンの肖像画書かれているものがあります。でもこのワシントン、よーくみると口元に力が入っている。実はこのワシントンも入れ歯を使用しており、入れ歯のバネの力を意識して、どうしても口元に力が入ってしまうため、このように描かれてしまいました。

西洋ではイマイチ実用的ではなかった入れ歯ですが、日本では別。日本独自の「木製義歯」という技術が発展しました。かの源頼朝も歯痛で苦しんだそうですが、一方で日本の職人芸にて入れ歯を作っていました。
江戸時代には「入れ歯師」とよばれる職業が現れ、木を自在に彫って個人に合わせた入れ歯を作っていました。この木製の入れ歯、見た目だけなら形は現在の入れ歯と変化ありません。現在の入れ歯は口の中の微細ば構造を印象(型取り)で再現して、吸着するようになっていますが、これが昔では難しい。西洋の入れ歯がバネじかけの大雑把なものであったのも、この口の中を模型として再現することが出来なかったからでした。しかし、日本の職人芸は、木製の義歯を詳細に調整することで、型取りすることなしに口の中への密着を実現してしまったのでした。滝沢馬琴も愛用していたとか。こうして、西洋に先駆けて日本では入れ歯文化が普及したのでした。
江戸時代の入れ歯師は師弟関係を築き、それぞれに腕を磨きました。「入れ歯師」は西洋のように軽蔑されることも無く、一職業として確立していました。

そんな江戸の入れ歯師について詳しく書かれた本。日本の「伝統芸」である入れ歯について深く知ってみてください。

3、医学の歴史     小川鼎三 著      中公新書

範囲をもっと広げて、医学の歴史についても知ってしまいましょう。

医学の歴史は人類の歴史とも言えます。人類は今に至るまで様々な疾患と戦ってきました。
現在までに残された膨大な歴史書には、必ず病気についての記述があります。
洋の東西を問わず、病と闘っていました。

非科学的な治療や呪術的な治療が行われていた印象がありますが、古代ローマ帝国などでは、詳細な統計データが採集され、疫学的な結果を基にした公衆衛生対策が行われていました。ちなみに、疫学研究の方法に「コホート研究」というものがありますが、この「コホート」はローマ軍の軍隊編成「コホルス」の単位に由来しています。

医学が如何に発展してきたのか、ぜひ手に取って確認してみてください。