審美歯科

診療案内

診療科目:
歯科・小児歯科
診療時間:
月・火・木・金
9:30〜19:30
土・日
9:30〜18:00
休診日:
水曜・祝日
お電話:
011-669-8211
所在地:
札幌市西区西野5条3丁目7-1
[map]

イタリア余話  アイスマンの呪い

  • Date / 5月 9th, 2016
  • Category / 雑談

昨日までローマ旅行のお話をお聞きいただき、ありがとうございます。

今回はイタリアの話の延長、という感じのホラーなお話をご紹介。

旅行記内にて、かつて自分は日伊協会に入会し、会報誌「クロナカ」を読んでいた、と書きました。

この雑誌には古代ローマ以外にもイタリアに関する面白い話が掲載されていました。もう10年くらい前のお話なんで、今はどうなのか、わかりませんが。

で、その中でも面白かった話をご紹介。題して「アイスマンの呪い」。

 

 

皆さん、「アイスマン」って、ご存知ですか?1991年に、オーストラリアとイタリアの国境近くの氷河から発見されたミイラ化した死体のニックネームです。かれはなんと、約5300年前の人間で、世界で話題になり、映画にもなりました。

1991年9月19日、ドイツのニュルンベルグから観光でやってきていたジモン夫妻は、溶けた雪の下からミイラ化した遺体を発見。その遺体は当初、遭難者であると考えられていましたが、インスブルック大学の考古学者により、青銅器前期時代のものであると判明。

「アイスマン」は推定年齢47歳。身長160センチ前後、体重50キロ前後。血液型はO型で、肌は白く、目と髪は茶色。どうも腰痛に悩んでいたようで、「ツボ治療」を受けた痕も見られる、とのこと。このツボ治療の内容まではわからず。背部や脚の「刺青」の後からツボ治療と推定した、とのことですから、お灸のようなものでもやっていたのでしょうか?
この「ツボ治療」の痕は、現代のツボ治療でも腰痛に効果があるとされる位置と一致しているそうです。
この事から、5300年前のアルプスの高所にも、先進的な医療が行われていたことが判明しました。

彼の胃袋からは動物の脂身やハーブ、パンなどが検出され、腸からは寄生虫が発見され、また彼がピロリ菌に感染していたことも判明しました。

持ち物としては作りかけの弓矢と、精錬された銅製の斧があります。この銅製の斧ですが、純度がかなり高く、当時のアルプス周辺で、高度な精錬技術が存在していたことが判明しました。

靴はくまの皮を利用したもの。草を編んだ服の上に、革で作った外套をまとっていました。ベルトも着用し、頭には熊の皮で作った防寒帽をかぶっていたそうです。
死因ですが、X線検査の結果、彼の肩には矢尻が刺さった痕があり、これが動脈付近を損傷した事での失血死、と見られています。
さらには右の眼窩の骨には深い裂傷が見られ、後頭部には即死に至るほどの失血が確認されました。

以上の事から、アイスマンは彼を殺害した「犯人」の放った矢を受けて倒れ、そこに犯人がやってきてトドメとして後頭部を石などの鈍器で殴ったことで、死亡した、と見られています。

一方で2010年、イタリアの考古学者が、彼が麓で殺害されてから高地に放棄された、という仮説を発表。

アイスマンの死因については、まだまさ謎が残されています。

そして彼の死因と同じく、謎の話があります。

それが今回のメインのお話し。

「アイスマンの呪い」です。

まず、アイスマンの発見者であるジモン夫妻の夫・ヘルムートは、2004年にアルプスで行方不明となり、その後、凍死体となって発見されました。
また、アイスマンを氷から引き出した法医学者のヘン氏も、発見の翌年にアイスマンについての講演会会場に向かう途中、交通事故で亡くなりました。
そのうえ、そのすぐ後、アイスマンを収容する際に立ち会っていたスタッフの一人であったガイドのフリッツ氏も、クレパスに落ちて亡くなってしまいました。
さらにさらに、アイスマン収容の模様を撮影したジャーナリストのヘルツ氏も脳腫瘍で亡くなりました。

呪いと言えば思い出されるのは、エジプトの「ツタンカーメンの呪い」。このときにもさまざまな怪死事件が相次いだとか。

皆さん、このお話を信じますか?

 

 

 

 

追記

なお、この呪い話ですが、発掘や研究には100人以上も関わっていることから、それだけの関係者がいれば亡くなる方が出ても可笑しくない、とも言われています。

 

また、アイスマンの性染色体を検査したところ、なんと現在でもオーストリアに15名のアイスマンの子孫がいることが判明!
しかし3000mのアルプスじゃあ、ご先祖のお墓参りも大変ですね。