審美歯科

診療案内

診療科目:
歯科・小児歯科
診療時間:
月・火・木・金
9:30〜19:30
土・日
9:30〜18:00
休診日:
水曜・祝日
お電話:
011-669-8211
所在地:
札幌市西区西野5条3丁目7-1
[map]

緊急告発!札幌市における南北問題

先日、ご紹介した妄想記事「イタリアによる日本占領の恐怖」が、「極めて一部」の方々から「異様な人気」を得ることができました。

そこで今回は、過去記事から似たような「妄想記事」をご紹介いたします。

内容は、札幌が抱える問題を、加納が大胆に告発した(?)内容となっております。

例によって、ビールを飲みながら気軽に読み飛ばして頂けたら幸い。

 

 

 

 

北海道、札幌市。言わずと知れた北の中心都市。
石狩湾にほど近く、南西方面は豊かな自然あふれる山々に囲まれ、その尾根から注ぐ川が街中に幾筋も流れています。東部には遠く空知にまで至る広大な石狩平野が広がり、南部には温泉もわき出る。まさに恵まれた街、それが札幌。

しかし、その札幌も、あまり認知されていないものの、深刻かつ根深い問題を抱えていることを、みなさんご存知でしょうか?

それが、いわゆる「札幌南北問題」です。

札幌市には南東から北西にかけて、高速道路が市街地を貫いています。

この高速道路を境として、事実上、札幌は二分されている、と言っても決して過言ではありません。

一説にはこの高速道路を境界線として、天気予報の「石狩北部」「石狩南部」の区分けがなされている、と言われております(本当かどうかは不明)。

院長は学生時代、「北部」に属する「麻生」に住んでいたことがあります。ちなみに麻生の読み方ですが、「あさぶ」であって、「あざぶ」ではありません。「東京のと同じ地名だね」とおっしゃる方がたまにおられますが、違います。自分が住んでいた時には「アザブ」という名前のパチンコ店があり、看板に思いっきり「AZABU」と書いてしまっていて、見ていてこっちが気恥ずかしくなったりいたしました。

札幌市の「南北問題」とは、高速道路の北側から見ると、南側にはいろいろな施設があってうらやましい、という問題です。

院長は実に8年間に渡って北区および東区に住み、大学の通学も、そのさらに北方の当別町に通っておりました。

その「北側」に住んでいた身からすれば、ススキノや大通公園や札幌ドーム、月寒ドームなど、札幌を代表する建物はすべて、高速道路をくぐった南側にばかり集中してあるように思えました。

南には藻岩山もあって、ロープウェイが走っているし、南区には定山渓もある。藤野地区周辺は山々に囲まれ、芸術の森もある。中島公園では盛大にお祭りがあり、キタラもある。
琴似の繁華街も高速道路の向こう側、手稲山も円山公園も動物園も高速道路の向こう側。
神宮、映画館、大きな図書館、裏参道、豊平川花火大会、、、、。そういったものはすべて南が持っている。

対して「北側」は?住宅街と雑居ビルが一面に広がり、いけどもいけども街の中。

院長は毎日、当別のキャンパスにJRにて通学していました。特に目を引く建物も無く。
太平の雑居ビルの屋上に、なぜか大きな仏像がたっているくらいです。
そして石狩川に到達。

川を超える。それはまるで国境を超えるにも似た心境。

当別町と札幌市では天気が真逆の時があります。新琴似駅では雨が降っていたのに、石狩川を超えると晴れていた、とか、逆に、新琴似で晴れていても川を超えた途端に猛吹雪になった、などはしょっちゅう。

そんな感じで、北区と当別町を往復するだけの毎日なので、滅多に高速道路よりも南に行く機会もありません。たまに地下鉄で中心部に向かう時は、秘密のトンネルで潜入するかのような錯覚にとらわれます。ウソです。でも、なんだかワクワクしたのは事実。

当時の南側の知り合いも、北側には行ったことが無い、という人が多かったように思います。
ある時の「南側」の人の会話、

「知ってる?あいの里も札幌なんだよ!」

スンマセン。毎日、車窓から見ています。

南側の人の北側の認識はそのくらい深刻でした。
南側の人同士での「昨日のカロス聞いた?」とか「FMアップルで〇〇さんが出てた」など、南側だけで聞くことが出来る地域FM局の話題にもついていけず、悔しい思いもしました。(当時、北側には地域FM局がなかった、と思います)

札樽自動車道。

これはまさに、札幌の市街地に打ち立てられた、「ベルリンの壁」に他なりません。

南側の人の「口撃」にすっかり打ちのめされ、失意のうちに、院長は札幌を去ることになりました。

そして2011年、ふたたび札幌に。

その時、北側の発展に驚きました。

まず、長らく「空き家」だった、旧札幌テルメがガトーキングダムとして生まれ変わり、今や南の定山渓に対抗するリゾート地に。
また、北側の人間の長年の願いであったモエレ沼公園が完成し、芸術の森が独占していた地位を奪う姿勢を見せています。また東区の「つどーむ」は、今や「フリーマーケットのメッカ」として、当初の想定を超えた存在感を確立。
麻生も院長の学生時代よりも一層発展し、ススキノに次ぐナンバー2の座を巡って争う、琴似、白石、北24条のせめぎ合いに加わりつつあります。石狩川にかかる鉄橋も新造され、JRは当別まで電化されました。ロイズの工場も北部に陣取り、迎え撃つ体制が整いつつあります。

いよいよ勢いづいてきた「北側」の反撃。もっと賑やかになるといい、と思う半面、独特の、のんびりした雰囲気は無くなってほしくないなあ、とも思います。

*お詫び*
今回は、院長の学生時代に感じた心象風景を、面白くなるように書かせていただきました。
実際には北側、南側といった区分けはありませんし、もちろん、南北問題なんて存在しません。