審美歯科

診療案内

診療科目:
歯科・小児歯科
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札幌市西区西野5条3丁目7-1
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札幌から小樽まで、歩いたお話し その2

発寒などを過ぎ、手稲駅が見えてまいりました。当時の手稲駅は、現在のものとは違い、古い駅舎だったのですが、駅前の賑やかさは変わりません。琴似駅前もかなり賑やかで、まるで違う町、という雰囲気がありますが、手稲駅も同じく、札幌駅とは異なった中心街となっていました。
手稲まで来ると進行方向の左手にみえる山々も近くに迫ってきて、手稲山もはっきり見えます。 そして、手稲駅を超えます。

当時、自分はまだ札幌で暮らし始めたばかりで、あまり慣れていませんでした。手稲駅にはよく行っていたのですが、手稲駅から向こうは、まだ行ったことがありませんでした。道東に長く住むと、札幌ですらあまり行くことがなく、それ以外となりますと、何年間に一度の旅行になります。そんなわけで、自分にとって「手稲駅から向こう側」は、未体験ゾーンでした。ここからは線路沿いではなく、国道5号線沿いを歩くことになります。

でもそこはあきれるくらいの大都市、札幌。手稲駅を超えても街並みの続くこと続くこと。どこまでいっても、街、が続きます。
出発から3,4時間はたっていたでしょうか。そんな景色に大きな変化が現れます。銭函付近から、進行方向右手に海が見え始めたのです!! 石狩湾、そしてその先に大きく広がる日本海が、視界の大部分を占めるようになりました。日本海はまだ春先だから少し黒かった。
左手の緑色に右手の青が加わり、視界は賑やかになってきました。

そしていよいよ。  銭函市街を抜けると、市街地は終わりを迎えます。ここからは人家の少ない郊外の道。
銭函を抜けてしばらく歩くと、国道5号線は大きく山側にカーブします。谷間のような場所があり、上空には札樽自動車道の大きな橋が。 張碓の街のある場所に行き当たります。
こののち結構長くなる学生時代の中で、何度も小樽に行くことになるのですが、張碓付近を通るたびに、なんとも不思議な雰囲気を感じます。道路の下に街並みがあるのでよくわからないし、木々が多いので何件あるかもわからない。 そして壮観な高速道路の大橋。張碓の町に行き、下から見てみるとどんなものだろうか、と毎回気になっております。

張碓の大きなカーブを超えても、山道が続きます。急な山腹を削ってできたような国道で、右手の日本海が間近までせまっています。でも、正直言って、ここまで来ると景色なんてどうでもいい。いかに嫌にならずに歩くか、だけが頭を占めてきます。「あの電柱を目指そう」「あの小屋まで頑張ろう」など。「あのカーブを超えたら、小樽の街が見えるに違いない」という期待を、何度打ち破られたことか。
会話した記憶が全くありません。ただただ惰性で歩いている感じ。

いくつもカーブを曲がり、トンネルも超えたところで、ついに街並みが見えてきました!!朝里の街並みです。やっと文明のあるところに帰ってきた、といった感じで足取りが少し軽くなります。ここでスーパーにて休憩。いよいよ小樽だ!と喜んだのもつかの間。また、山道になってしまいました。朝里は小樽に近いものの、市街地がつながっているわけではありません。ああ、またか、と。 札幌脱出を敢行しているときは延々と続く街並みにうんざりしていたはずなのに、今では山道にうんざりする。なんとも皮肉で滑稽ですが、もはや考えの整合性なんてどうでもよくなっていました。「ああ、やめとけばよかった。本だけにしておけばよかった」と何度思ったことか。でも、言いだしっぺなので言えませんでした。あの時付き合ってくれた方々、一番後悔してたのは私です。ごめんなさい。

そんなこんなで山道に突入。しかもカーブだらけ。左手に見える、何かの採掘工場ですら新鮮な気持ちになります。今は立派な住宅街となる、海際の区画にも家はまばらにしか建ってませんでした。
でも、そのいずれ新興住宅街になる場所の大きなカーブを超えると、いよいよ見えてまいりました!小樽の街並み!! まるで黄金の都を発見したような気持ち。「早く帰りたい」。全員の意思統一が自然になされ、少しペースが速くなります。見えてきたのは小樽築港の街並み。こちらも当時はウイングベイ小樽などなく、また、駅も古いものでした。

小樽市内を黙々と歩きます。もう、会話はしてません。最後のトンネルを抜け、中心地へ。

高速道路をくぐり、小樽の歴史ある街を歩きます。そして、やっと小樽駅につきました。

いやあ、長かった。 時間にして8時間半。ひたすら歩いたのでした。そのあと運河沿いで食事をし、JRにて札幌に帰還、すぐに寝てしまいました。

この話題は、随分長い間忘れていました。 で、この後、なにか変ったか、というと、なんにも変らず、大学でも話題にならず。そのまま話すこともなくなりました。

やって意味があったのか?と、そのあとで聞かれましたが、意味はなかった、というしかないですね。じゃあ、全くの無駄な事だったのか、というと、そういうわけでもない。人との会話なんかで「昔、なんでか小樽まであるいた」なんていう会話をしたり、話のタネになっています。自分は学生時代に随分とイタ恥ずかしい経験をしてきましたが、それらも話題のタネにしてます。

若い時の経験なんて、いずれは笑い話になるんだから、変に真面目に行動するよりも、いろいろとやってみるのがいいと思います。効率、とか、意味、とか、自分への向き不向き、なんて考えていたら何もできないで30台になってしまいます(苦笑)。

 

 

 

 

 

2016年8月追記

これを決行した20年前は、まだ小樽までの国道も片側一車線しかなく、歩道も無かったのでとても危険だったのですが、今では片側二車線となり、また立派な歩道も整備されているので、小樽まで安全に歩くことができます。

また随所にコンビニもあり、JR線の沿線でもあるため辛くなったらすぐに汽車で帰ることもできます。

初心者に優しい徒歩コースなので、ぜひ、挑戦してみて下さい。