審美歯科

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芦別はワンダーランドだった!!その4 カナディアンワールド公園③

 

さて、これが内部の様子です。アンの母国・カナダの美しい風景写真がかざってあります。

 

 

 

 

 

 

 

これなんだったかなあ。確か大陸横断列車だったような。なかなか立派な模型でした。

芦別市は1993年に、カナディアンワールドが縁となって、赤毛のアンの故郷であるカナダのプリンスエドワードアイランド州の州都である、シャーロット市と姉妹都市になったそうです。

本場の方々、ありがたや~。

そういえば十勝の広尾町にも、サンタクロースの故郷であるノルウェーに公認されたサンタランドがあります。

女満別の「ゴッホの墓」はご愛嬌。

 

 

 

 

  

そしてカナディアンワールドには、多くの有名人が訪れています。高倉健さん、大原麗子さんという、段階の世代の方々のカリスマの名前も!

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれが在りし日のカナディアンワールドの模型のようです。

どうやらワールド全体はラベンダーが咲いていたようですね。

ただ、7月の初旬にはラベンダーは全く見られませんでした。

でも、全く手入れがなされていない、というわけではなく、草むらや、自生したと思われる花々などが自然な感じで生えていて、それが返って遥か彼方のカナダの島を想起させました。

そう、カナディアンワールドはかつては入場料を支払う「テーマパーク」だったのですが、今は芦別市が管理する「公園」なので、決して「廃虚」ではないんですよね。

 

なんでカナディアンワールドはこのようになったのか、と言えば、そこには夕張と同じ過程を見出すことができます。

そう、炭鉱閉山への対策の一環として、「炭鉱から観光地へ」の掛け声のもとに建設されたのがカナディアンワールド。

夕張も「石炭の歴史村」や「夕張メロン城」などを作って炭鉱からの産業転換を図りましたが、それが後に大きな問題となってしまったのは、皆さんご存知の通り。

しかし、それは夕張に限ったことではありませんでした。産炭地はどこも、いやあの当時、産炭地に限らず日本中の地方は過疎地対策として、テーマパークを建設していました。

 

カナディアンワールドは1990年に開園しますが、時を同じくして北海道では、1989年、十勝にドイツの街を再現したグリュック王国が、1992年、登別に中国の新王朝の庭園を再現した天華園が、同じく1992年、登別に江戸時代(どうやら伊達藩と関連があるらしい)を再現した登別伊達時代村が、それぞれ開園します。

 

そう、カナディアンワールドだけが特別だったのではなく、全国ではこのようなテーマパークが次々と建設されていたのでした。

 

また、地方のテーマパークブームのきっかけとなった、地方博覧会ブームも忘れることができません。

1980年代まで、博覧会と言えば大阪万博や、筑波の科学万博のように、国が行う大掛かりなイベント、というイメージだったのが、バブルの過熱とともに地方の活性の起爆剤として、全国の自治体単位で開催されるようになり、バブル絶頂期の1988~1989年にかけて、すんごい数の博覧会が全国各地で開催されました。
北海道も全国に負けておらず、広尾で開催された十勝海洋博覧会や、青函トンネル開通を記念した青函博覧会が行われ、そして全国に悪しき例として名前と高めた「世界食の祭典」も開催されました。

この「食の祭典」に関しては、今でも当時のニュースを覚えています。なんと90億円という巨額な赤字を生み出し、それが全国ニュースにもなり、全国の博覧会ブームに急ブレーキをかけるまでに注目されました。過熱気味だったブームに冷や水を指しましたね、完全に。

食の祭典ですが、30年経って調べてみると、結構、大規模な博覧会だったはずなのに、開幕3か月前になってようやく基本計画がまとまった、という杜撰な対応だったことがわかります。また入場料が高すぎるし内部での食べ物の値段も高すぎる、そもそもお店で出された食事が美味しくなかった、などの苦情が殺到。この「美味しくなかった」についてはお店の弁護をすると、配分されたスペースでは設備や法律の関係上、満足のいく料理を提供できなかった、という背景もあるそうです。それは「食」を売りにするイベントでは致命的ですね。

目標400万人に対し、実際の来場者数は170万人に留まるという、大失敗例。

 

なんか、話が逸れていますが、この地方博覧会の跡地がそのまま遊園地となるケースが多く、それが地方のテーマパークブームにつながっていきます。

芦別や夕張が、しゃにむに「観光都市」を目指したわけではなく、あのバブルの世間が華やかな時代には、全国の地方自治体が考えていたこと、と言えると思います。

 

で、その後ですが、お察しの通り、バブル崩壊とともに道内のテーマパークはどこも閉鎖。天華園もグリュック王国も、5~6年後には営業を終えてしまいます。

 

カナディアンワールドも同じく、4年目には早くも入場者数の減少が叫ばれて通年営業を断念(冬もやってたんかい!!)、

カナディアンワールドを建設・運営していた第三セクター会社も多くの負債を抱えてしまいます。

この「第三セクター」というのも、バブル期によく聞かれた言葉で、地方のテーマパーク開発と運営は、この第三セクターがけん引していました。

「え?自治体が?お金はどうすんの?」

と、現代の人なら思うかもしれないけども、バブル絶頂の時は、「銀行、証券会社、自治体は絶対に倒産しない」って、世間の全員が考えていましたから。結構、有名な経済評論家まで。大体「エコノミスト」という言葉も、バブル期に広まった言葉ですし。

 

で、その後、経営悪化の責任を問われて市長が辞職するなどが起こり、1997年に無料の公園として再出発したわけです。

 

 

なんか説明が長くなりましたが、次から園内の紹介に戻ります。