審美歯科

診療案内

診療科目:
歯科・小児歯科
診療時間:
月・火・木・金
9:00〜19:00
昼休み/12:30〜14:00
土・日 9:00〜17:00
昼休み/13:00〜14:00
休診日:
水曜・祝日
お電話:
011-669-8211
所在地:
札幌市西区西野5条3丁目7-1
[map]

足利への小旅行 その3 鑁阿寺

今回から足利の史跡めぐりとなります。

 

 

 

 

この小路を歩いていくと・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

お寺が見えてきますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

こちらは足利氏の氏寺である、鑁阿寺(ばんな寺)です。

鑁阿寺は、鎌倉幕府成立に功績のある足利義兼によって創建されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは桜門。

なんと戦国末期の室町将軍である足利義輝によって再建されたものだそうです。仁王像は安土桃山時代のもの。

 

 

 

 

 

 

 

境内には様々な建物があります。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは多宝塔。足利義兼が創建したそうです。

後に江戸時代になって、5代将軍・徳川綱吉の母、桂昌院によって再建された、とのこと。

この桂昌院という人物は、寺院めぐりをしているとたびたび名前を見かけます。

もう10年くらい前になるけど、奈良を回った際に唐招提寺を訪ねたのですが、その時にも「桂昌院が寄付した」という案内文を見かけました。

桂昌院はとても信心深い人で、徳川綱吉が「生類憐みの令」を制定しますが、これも桂昌院の影響であった、と言われております。

また綱吉の時代は「元禄バブル」とも呼ばれる好景気のときで、幕府も浮かれて財布が緩みっぱなし。そのおかげで桂昌院もあっちこちのお寺に寄付できました。

まあ、その後、放漫財政が破綻して悪名高い新井白石による緊縮財政や、徳川吉宗の改革が行われることになるんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは一切経堂。国指定重要文化財とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

  

そして本堂。

足利義兼によるもの。かなり大きかったです。

 

 

 

 

 

 

 

立派な庭なんかもありました。

 

 

鑁阿寺は、元々は足利氏の邸宅だった場所に建っているそうです。

ここでたびたび名前が出てきた足利義兼ですが、足利氏の後の動向に大きな影響を与えた人物です。

足利義兼が先代から足利庄を受け継いだ時は平安末期。保元の乱、平治の乱を通して、まさに武士が台頭をし始めた時。

源頼朝が挙兵する際、足利義兼はいち早く頼朝の下に馳せ参じたことで頼朝の信頼を得ることに成功。

足利氏は鎌倉時代を通じて北条氏と婚姻関係を結ぶなど、御家人筆頭に位置するのですが、それも足利義兼のこの時の行動に由来しています。

足利尊氏は「源氏長者」として注目され、後に室町幕府を設立しますが、それもこの足利義兼の行動のおかげ、と言えるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足利市発祥の地を見ることができて、大満足です。