審美歯科
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☆2014夏の鉄道★日高本線の旅 その3 様似駅
*2021年3月30日注記 ご紹介する画像は全て2014年8月当時のものです。
いよいよ汽車は、様似駅に近付きます。
様似の街並みが見えてきましたね。
このカーブを曲がったら、いよいよ到着です。
到着しました!!
ここが日高本線の終点!ついに日高本線の最終地点に立つことができました!!!!
さて、その様似駅ですが、やはり「終着駅」の雰囲気がありますね。
そして画像の線路の行方に注目したところ、、、、
ありました!!日高本線の「終わり」の部分。
東京や大阪、四国、九州の皆様!!皆様の最寄りの駅のレールも、たどっていくとここに行き着きます。
今、乗っている電車のレールも、やがてこの画像の場所に行き当たります。
レールって、不思議な存在ですね。
こちらが様似駅。
なんと管理はJR北海道バスに委託している!とのこと!!受付の方もバス会社の方でした。
これは駅前広場。まあ地方駅にありがちな「閑散とした」駅前。
「駅前通り」です。なんか寂しいなあ。
様似のメインストリート。
様似も過疎化が進んでいるらしく、今年四月に様似高校が閉校になってしまったとか。
メインストリートから見た様似駅。
観光客が多かったですね。
続きます。
☆2014夏の鉄道★日高本線の旅 その2 最後の夏の車窓
*2021年3月30日
記事中の画像は全て2014年8月当時のものです。
さていよいよ様似行きの普通列車に乗り込むと、案外混んでいる!
日高本線は、釧網本線と並んで「鉄道ファン」には全国的に人気のある路線です。周辺の景色も、釧路湿原やオホーツク海を眺めることのできる釧網本線と並んで「変化に富んでいる」とのこと。
正直に言って、今まで「ずっと海ばかり見ることになるんだろうなあ」と思っていたのですが、今回の旅ですっかり印象が変わりました。
というわけで、もともと知名度が高い上に夏休みのど真ん中、ということもあり、1車両しかないワンマン列車はかなり混んでいました。しかも「大人の鉄道好き」ばかりです。なかなか「鉄分」の濃い車両内でした。
いよいよ出発。
日高山脈の多くは海と山地がダイレクトに接していて、なかなか平地がないのは事実ですが、それでところどころに、十勝ではないか、と思われるような平野がありました。
そして日高と言えば、全国有数の馬産地!早速、牧場がありました。
馬が逃げて行かないようにする木のサークル。
日高の木のサークルは、数が多い!やはり馬の産地だけありますね。
で、ご覧のように、馬の放牧地との距離が異様に近い!
そう、日高本線の一部は、なんと牧場の中を走っているそうなんです!!
日本には多くの鉄道がありますが、こんなに馬を間近に見ることができる路線があるでしょうか?
実際に肉眼で見ると、画像よりももっと近くに見えますよ!
日本の皆さん、こういう路線も日本にはあったのです!
皆さんが日常的に利用している駅の線路も、こののどかな馬の住処につながっていたのです。
通勤の列車を待つ間、レールを見つめてください。そしてその遠い先には牧場があると思ってください。あなたが線路に対しているのと同じように、馬も間近で線路に対していたのです。
あなたと画像の馬たちは、線路でつながっています!
絵笛駅。
たしか「日本で唯一の、牧場の中の駅」だったような。
そして日高支庁の置かれている浦河に到着。
駅は寂しかったけど、結構、大きな街並みでした。
右手には太平洋が。
今度は馬に変わって海が間近に迫ってきました。
すごいぞ!日高本線!!
そしていよいよ様似駅が近づいてきました。
果たしてどんな街なのでしょうか?
続く
☆2014夏の鉄道★日高本線の旅 その1 静内駅にて
今回は2014年夏に行った日高本線の旅をご紹介。
この鉄道旅を決行したのは2014年8月15日。お盆の真っ只中でした。
その後、2015年1月8日、高波による土砂の流出が発生。それ以来、今に至るまで鵡川ー様似間はふつう状態となっているのは、皆さんご存知の通り。
決して利益を上げる路線とはいえず、むしろJR北海道の赤字の原因となっている日高本線の再建工事はなかなか具体的にならず、先日、ようやく再建策が提示された、とのこと。
まだまだ動向が注目される日高本線ですが、沿線は鉄道ファンや「北海道らしい景色」を求める全国の方々にもおすすめできるものとなっております。広い牧場がすぐそばに広がり、競走馬を間近で見ることができます。
全国有数の馬の産地にふさわしい車窓が広がっております。
また、終点の様似には今年、世界ジオパークに認定されたアポイ岳もあり、地球の成り立ちまで知ることのできる魅力溢れる路線となりました。(徳川幕府と日高地方の関係なども知ると、より興味深いモノになります)
今回は、日高本線へのエールを込めて掲載いたします。
1日も早く、あののどかな車窓が復活することを願います。
もう12月の真冬が間近な季節になってしまいました。
本当は夏から初秋にかけてご紹介しようとしてできなかった(忘れていた)記事を、駆け込みで掲載しようという企画。
最後(?)は、「日高本線の旅」です。
この夏、院長は「汽車に乗って乗って乗りまくる」をテーマに、3度、鉄道旅行に出かけました。
その「トリ」を飾るのが、日高本線の旅です。
実は気軽に実行した日高本線の旅でしたが、思いもよらずアポイ岳のお話や日高地方の歴史などに触れることになり、壮大なものを計画していたところ、あまりにも壮大になり過ぎた上に、稲葉選手の引退、という個人的に非常に壮大な出来事が発生してしまったため、先送りになっていました。
で、いくら壮大でも年内に発表できなければ意味がない、と思い、今回、ご紹介させていただくことにしました。
これまで「道央一周旅行」「日高山脈突破」の2つの旅を実行してまいりましたが、どれも予定を立てることは比較的容易ではありました。
ところが日高本線はそうもいかず。なんせどこかにつながっているわけではない、いわゆる「盲腸線」のため、行って帰ってくる必要があるのですが、日高本線は全国的に有名な「超ローカル線」なため、本数も限られています。で、診療の事も考えるとどうしても厳しくなる。でも「終着駅」である様似駅には汽車で行きたい。どうしよう、と考えたとき、「途中の静内駅まで車で向かい、そこから汽車で様似に行く。帰りも静内で降りる」という妥協案を考案。社会人の事情、とご理解いただけたら幸い。
で、早速高速で日高方面に向かい、静内駅に到着しました。
こちらが静内駅。かなり立派です。
日高地方も小さな町が多かったのですが、静内は群を抜いて栄えていました。日高地方の中心のようですね。
駅前も結構立派。
これが静内駅構内。線路が草に覆われていて、ローカル線の良い感じが出ていますね。
こちらが終着駅の様似方面。果たしてどんな車窓風景が広がっているのでしょうか?
今回の旅を案内してくれる車両です。カラーは他のJR北海道の普通車両と異なっていますね。
それでは次回から車窓風景をご紹介。
日高本線、最後の夏
この記事は2021年3月30日に書いております。
長らく続けてきた鉄道記事の企画ですが、今回のシリーズで本当に最後となります。
ラストは明日、3月31日をもって「廃線」となる日高本線。
苫小牧から日高地方の突端に近い様似駅まで続く、長大な路線です。
全国的にも、鉄道ファンに「北海道で連想するローカル線を3つ選ぶ」と出題された場合、「網本線、宗谷本線に並んで必ず出てくるのが日高本線。
非常に地味な存在なのですが、鉄道ファンの間では非常に知名度の高い路線でした。
熟年男性向けの趣味の雑誌にて、全国の鉄道旅特集が組まれるとき、高い頻度で「北海道代表」として取り上げられていました。
その日高本線ですが、沿線自治体の過疎化から、随分前から廃線が取りざたされてきました。そして2015年1月に発生した高波の被害により、今に至るまで不通となりバスによる代行運行がされていました。
日高本線は以前から災害の多い路線で、その都度、復旧のまで不通となることが多かったのは知られていました。2015年1月の不通も、しばらくすれば復旧するだろう、と思われていたのですが、この時の被害はこれまで以上に大きかったらしく、一部報道によると「新設レベル」の費用がかかると見積もりされたとのこと。
もともと赤字の路線であり、また一連のJR北海道の不祥事が頻発していた時期と言うこともあり、JR北海道は復旧せずにそのままバス運行を継続。2016年には日高本線を「維持困難路線」と発表します。
自分は、鉄道ファンとしては存続を願っていました。しかし現実には、あまりにも巨額な復旧費用や沿線自治体の人口減も考えると、そのまま廃線になるだろう、と薄々思っていました。いや、自分だけではなく、多くの道民の方々が感じていたと思われます。
そして昨年、鵡川ー様似間の廃線が正式に決定しました。
これまで掲載してきたように、加納は毎年夏に鉄道旅行を行っておりました。
そして2014年には「道央一周旅行」「日高山脈越え旅行」のほかに、もう一つ、鉄道旅行に出かけていました。
そう、日高本線の旅、です。
訪れたのは2014年8月のお盆。
1か月にも渡った鉄道企画の最後は、この時の日高本線の模様をご紹介いたします。
この半年後に、日高本線が被害を受けて不通になりました。
これからご紹介する画像は、奇しくも日高本線の最後の夏の風景となってしまいました。
今回の廃線は、すでに車両が走行していない以上、「お別れ」はできません。
せめて画像を通して、まだ日高本線が日高の風景の中に確かに存在していた時のことを、束の間でも思い出していただけたら幸い。
また、乗ったことがない、という鉄道ファンの方々には、「かつてこんな素晴らしい路線があった」と疑似体験していただけたら幸いです。